工工四

工工四 Musical Score


工工四

三線の記譜法(楽譜)の名称。弦の弾き方、押さえる指の位置を記したギターのTAB譜のようなものであり、絶対的な音を表したものではない。18世紀の琉球古典音楽の演奏家であった屋嘉比朝寄が、当時の中国で使われていた工尺譜、唐伝日本十三弦箏譜、潮州の二四譜、 明清楽譜という記譜法を参考に、足らないものを補って考案したのが始まりと言われている。工工四では、三線の弦を指先で押さえるそれぞれの位置(勘所)が、それぞれ「合」「乙」「老」などの漢字1文字で示され、あわせて片仮名で歌詞が付記されている。この工工四を用いて、それまで長年にわたって口承で伝えられてきた琉球古典音楽の数々が、屋嘉比朝寄により楽譜の形で残されることとなった。知念績高の時代に「工工四」と呼ばれるようになった。一説によると、その呼称の由来が唐の「工六四」の樂曲の始めが、「工工四」となっていることによるものだと考えられている。

三線音楽を創った人々

「湛水が種をまき、屋嘉比が花を咲かせ、知念で実を結んだ」

アカインコ、最初の三線音楽家として伝承の域を出ないが、挙げることが出来る人である。尚真王の時代の人といわれ、「おもろ」詩人として知られ、自身も「おもろ」に歌われた人である。読谷村楚辺にアカインコを祭ったお宮がある。
了線(1615~1663年)という人が挙げられる。尚豊・尚賢・尚質三代に寵愛された盲目の楽人である。この人は最近まで知られていなかったのを、池宮正治が発掘し発表して知られた人である。
湛水親方・幸地賢忠(1623~1683年)が挙げられる。慶長の役(薩摩の琉球攻略)後、人心落ち着かず、三弦楽が悲調を帯び、女人の手で余命を保っていたことを憂え、人心復興策として古謡を復活、琉球古典音楽の基礎を築いた人である。この人の歌の流れは、今日湛水流としてわずか七曲だが残っていて伝承されている。
屋嘉比朝寄(1716~1775年)が挙げられる。今の古典音楽の主流をなす野村、安冨祖の流(総称して当流)はこの人に始まる。もともとは謡曲、仕舞いの師匠であったが、盲目になって歌・三線の世界に入った人である。遥曲の技法を琉楽に取り入れ、出来たのが当流である。私たちが知ることのできる最初の工工四を残している。
知念績高(1761~1828年)を上げることが出来る。古今独歩の名人と評され、その優れた三線音楽で百姓の身分から士分にとり立てられた異例の人である。知念績高も工工四を残したが、散逸して断片的に僅かしか残っていない。この人によって屋嘉比の歌がさらに練り上げられ、安冨祖正元(1785~1865年)、野村安趙(1805~1871年)へ引き継がれ今日にいたっている。

山内盛彬の『琉球の音楽芸能史』より


歴史的資料として残されている工工四

屋嘉比工六四
桝目の無い「書き流し工工四」といわれるもので、現存する(琉球大学付属図書館所蔵)最古のものである。書き残した曲の数は117曲である。きちんとした楽譜を作ろうとしたのか、はっきりしないが、見たところ弦楽符号を緩急を示さないまま書き連ねた備忘録のようなものである。屋嘉比の師匠照喜名聞覚にも書き残した楽譜があったらしいから最初の工工四というわけにはならない。
知念工工四
「芭蕉紙工工四」といわれ、やはり書き流し式であったといわれている。残念なことに断片しか残っていないが、残っている楽譜(県立博物館所蔵)を見ると桝目こそないが縦横整然と文字が並び一行は十二段に整理記載されている。これは後世の人が清書したものであろう。知念の「芭蕉紙工工四」自体は残っていない。此頃から工六四は工工四と一般に呼ばれるようになって来ている。
野村工工四
琉球国最後の国王尚泰の命により、野村安趙が松村真信らの協力を得て「知念工工四」を改良し、きちんとした桝目に記載し尚泰王に献上した(1869年)。琉球王府に伝わった三線楽譜はここに纏められ今日に残されたわけである。屋嘉比の工工四が改良されて知念工工四となり、知念の遺言によって安冨祖正元が改良し、それを尚泰王の命令でさらに整備編纂したのがこの工工四、「琉球国風絲楽三線譜」である。為にこの工工四を「欽定工工四」あるいは「御拝領工工四」と呼んでいる。これが琉球古典音楽の定本である。以後の工工四はすべてこれを定本、底本として出版されたものである。上・中・下三巻からなる。後で(1870年)拾遺が加わり計四巻となった。
湛水流工工四
尚泰王の命を受け、唯一の湛水流伝承者、首里儀保村の名護良保の謡を松村真信が採譜したものである。節数はわずかに昔節五曲、端節二曲のみである。

野村工工四の書式を参考にして、現在の音楽団体がテキストとして編纂発行した工工四

安冨祖流工工四
安室朝持が欽定工工四に習い安冨祖の流として1912年に編纂したもので現存しない。現在の安冨祖流工工四は古堅盛保編纂工工四を経て、宮里春行編纂工工四が使われている。
声楽譜附工工四
野村流師範伊差川世瑞、世礼国男共著の野村流工工四である。1935年に初版本が出て、1941年までに上巻・中巻・下巻・続巻(拾遺)が相次いで出版された。これまでの工工四は絃楽譜のみで歌は口伝に頼っていたが、この工工四により野村流は絃・歌ともに正しく受け継がれるようになった。野村流音楽協会が発行している。
野村流古典音楽保存会の工工四
この工工四は、伊差川・世礼共著の声楽譜附工工四を記述方法を若干改めたもので、世礼の「琉球音楽楽典」を逸脱するものではなく、従って演奏も唱法も声楽譜附工工四の楽譜とかわりはない。
野村流松村統絃会の工工四
野村安趙の片腕として欽定工工四の編纂に当たった松村真信直系の流れを汲む宮城嗣周によって編纂されたもので同会派で使用している。
湛水流工工四
中村孟順の曲節を世礼国男が採譜。湛水流保存会で使用しているものである。
湛水流工工四
山内盛彬の流れを汲む。五線譜を用いた横書きの工夫が見られる。湛水流伝統保存会で使用している。

大城米雄編著の『沖縄三線節歌の読み方』より

琉球古典

「稲まづん節」
(いにまぢんぶし、いにまじんぶし、んにまじんぶし)

大いなる感謝と喜びを表現する古典女踊りの一曲で、祝儀曲の代表でもある。
「かぎやで風節」
(かじゃでぃふうぶし、かじぇでふうぶし)

300年以上も沖縄に伝わる祝宴の座開きとして演奏され踊られる祝儀舞踊曲である。長寿を寿ぎ国家安泰、子孫繁栄の願いが込められている。元は老人姿で扇を用い踊られる古典舞踊で、唯一の翁芸でもある。

民謡

「てぃんさぐぬ花」
(てんさぐぬはな、ちんさぐぬはな)

親や年長者の教えに従うことの重要性を説く教訓歌で、八重山の伝統的な民謡である。沖縄県では古くからホウセンカの汁を爪に塗って染めるとマジムン(悪霊)除けの効果があると信じられていた。てぃんさぐぬ花は沖縄の方言で、ホウセンカの花のこと。

声楽譜附工工四

絃楽譜の横に小さな記号(声の高低や声の表情を記号化)が付かされ、歌の旋律を表わす声楽譜は、正確に表現するためには正しい調弦と正確な勘所が要求される。

声楽記号 声楽符 歌唱発声技法

声出
声切
絃楽記号だけを見ながら弾くのに便利なため絃楽記号の右側に書いてある。
吟位記号 拍子や五分で音が変わるのは拍子も取り易いので省いている。二分五厘及び七分五厘で音が変わる場合は音符の位置を確実に示すために絃楽部の右側に(黒点)を附して音符の位置を示してある。打音と見誤らないよう注意。
ぬい 二仮名歌出しの初の仮名についている。詰まった音即ち促音を出すようにして、息を呑込んで歌いだす。多く弱音部についている。
> がき 顎を上下に動かし母音を軽く発す。曲によって掛ける程度が違うが一般に小掛けは軽く掛けることで、掛け過ぎては大掛けになってしうから注意を要する。
うふがき 即ち顎を急に持上げて下げる。この時喉を圧迫して母音を発す。反対になると「すくゐ」となる。
あて 顔の前にある物体を突き当てる気持で母音を発す。一種のアクセントである。
( ふい 二分五厘(1/4拍)の長さについている。下吟から上吟に振って上げる。
ふいあぎ 五分(半拍)の長さについている。低い音から高い音に顎で半円を描くように振り上げて下吟から上吟へ移る。一種のポータメントである。
しんでーあぎ



四の下吟からの上吟へ次第に上げる。一種のポータメントである。
しんでーさぎ



の上吟から次第に下げて下吟に移る。一種のポータメントである。
ねーい ねーいは次㐧下に似た所があるが発声法が異なる。即ち顎を稍々前方に出すようにして下げる。一種のポータメントである。 次㐧下とねーいは曲によって程度の差がある。図示したら左図にほぼ近い。
赤字 あぎじん 上体及び頭部上げて発声する。特に持上げて母音を強く発する所は五の如く赤点を附して注意を喚起する。一種のアクセントである。
黒字 さぎじん 普通の姿勢に復する。又特に強く押さえる所(ゐし)は合の如く黒点を附して注意を喚起する。

あぎすぃぐじん
さぎすぃぐじん
赤線は上吟、黒線は下吟で、それぞれ線の長さで音の長短を表わす。半拍子以上に用いてある。二拍子以上も長いものがあるが、音声を変化させないように持続する。
ちちじん 中巻、仲節、十七八節に出ている。の位置の1/4拍前で声を切りの位置で前の仮名の母音と喉を強く圧迫して鋭く短く出し、尚次の音も力を緩めずにつゞけて出す。
くだみ 急な下吟で、その次は直に上吟に移る。一種のアクセントである。
ゆるし 音名の右にをつけて表わす。音声の力を緩める記号である。
押切



老で声を切るのであるが、その余韻を少し低めて消失せしめる。長く引くぬよう。又下げ過ぎないよう注意する。
特別うふがき 十七八節や長ぢゃんな節には大掛と異なる特別な大掛があるので、これらを区別するためにこの符号を新しく加えた。掛の程度及び掛け方は曲により異なり、同曲同符号でも違っている所がある。
うちぐい



老の高さで喉をえぐるように圧迫して母音を軽く発す。

『野村流古典音楽保存会工工四』より

カジマヤー(風車)