組踊

組踊 Ryukyu Classical Musical Drama


組踊とは、琉球王国時代の沖縄で向受祐・玉城親方朝薫が創始した琉球音楽にのせて演じる沖縄独特の歌舞劇である。そして、沖縄が世界に誇る伝統芸能である。組踊は、能楽・狂言・歌舞伎・京劇・崑劇・福建省に伝わる閩劇などの影響を受け創作されたといわれ、中国や日本の故事、琉球の民話を題材に琉球舞踊や琉球古典音楽を基礎として発展した歌舞劇。2010年にユネスコの世界遺産「人類の無形文化遺産の代表的な一覧表」にも記載された古典芸能である。

* 沖縄はかつて琉球と呼ばれ、14世紀には東アジアと東南アジアを結ぶ海の交易の中核拠点として、独自の文化を育んできた。
15世紀、琉球王国時代をむかえ、中国[当時の明]との間に朝貢関係を結んだ。それによって中国から冊封使という使者が琉球国王の代替わりの時に派遣されるようになった。その使者を歓迎するための役職である踊奉行(おどりぶぎょう)は、士族らを組織して御冠船踊(おかんせんおどり)を上演しもてなした。
江戸時代になると、琉球は薩摩藩(さつまはん)の支配も受けるようになり、徳川将軍や琉球国王の代替わりのたびに江戸へ使節団を派遣する。これを江戸上り(えどのぼり)と呼んでいる。

* 江戸時代中期の琉球王府の踊奉行であった玉城朝薫(たまぐすくちょうくん)は、江戸上りの際に、能楽をはじめ歌舞伎などの江戸や上方の芸能を見聞したと思われる。それらを参考にしつつ、琉球の歴史や故事、説話などを取り入れた歌舞劇「組踊」を創り出し、首里城内で上演し、中国からの使者をもてなした。
組踊は沖縄の古語のせりふ、琉球の音楽と踊りで、約300年も演じられてきた「組踊」は、能楽や歌舞伎、人形浄瑠璃文楽と同じように国指定重要無形文化財である。




組踊解説



「二童敵討」
前説



「二童敵討」
阿麻和利登場



「二童敵討」
鶴松、亀千代と母親の別れ



「二童敵討」
野遊びと敵討ち前半



「二童敵討」
野遊びと敵討ち後半



「護佐丸敵討」
二童敵討の別名



「女物狂」



「手水の縁」



「銘苅子」



「執心鐘入」



「孝行の巻」